大規模な地震などで電車やバスが止まると、会社から自宅へ帰れない「帰宅困難者」が大量に発生する可能性があります。
災害直後に多くの人が一斉に帰宅しようとすると、駅や道路が混雑するだけでなく、救急車や消防車などの緊急車両の通行を妨げるおそれもあります。
そのため企業には、従業員をすぐ帰宅させるのではなく、安全な場所に一定期間待機できる体制を事前に整えておくことが重要です。
この記事では、防災士の視点から、企業が準備しておきたい帰宅困難者対策について、備蓄・安否確認・社内ルール・BCPまで順番に解説します。
災害時の「帰宅困難者」とは?
帰宅困難者とは、大規模な災害などによって鉄道やバスなどの公共交通機関が停止し、自宅へ帰ることが難しくなった人のことです。
特に都市部では、会社員や学生、買い物客、観光客など多くの人が日中に移動しているため、大規模地震が発生すると多数の帰宅困難者が発生する可能性があります。
企業にとっても、従業員が帰宅できなくなることを前提として、事前に対策を考えておく必要があります。
災害直後に従業員を一斉帰宅させないことが重要
大規模地震の直後は、「家族が心配だから早く帰りたい」と考える人も多いでしょう。
しかし、多くの人が一斉に徒歩で帰宅すると、道路や駅周辺に人が集中し、混乱や事故につながる可能性があります。
また、道路の混雑によって救命・救助活動や緊急輸送に影響するおそれもあります。
そのため、大規模地震発生時の帰宅困難者対策では、
「むやみに移動を開始しない」
ことが基本的な考え方とされています。
事業所や周辺の安全が確認できる場合は、従業員を安全な場所に待機させる体制を整えておくことが重要です。
原則72時間は一斉帰宅を抑制する
大規模地震発生後の約72時間は、救命・救助活動などが優先される重要な時間帯です。
そのため、帰宅困難者対策では原則として発災後72時間(3日間)は一斉帰宅を抑制する考え方が示されています。
ただし、「必ず3日間会社から出てはいけない」という意味ではありません。
災害の規模や被害の状況によっては、3日目までに帰宅支援が可能になる場合もあります。
企業は行政や鉄道事業者などからの情報を確認しながら、安全に帰宅できる状況になったかを判断する必要があります。
企業が準備すべき帰宅困難者対策7つ
企業の帰宅困難者対策では、主に次の7つを準備しておきましょう。
- 施設内待機のルールを決める
- 従業員3日分の備蓄を準備する
- トイレ対策を行う
- 安否確認手段を準備する
- 建物内で安全に待機できる環境をつくる
- 帰宅開始のルールを決める
- 訓練を実施する
それぞれ詳しく見ていきます。
① 施設内待機のルールを決める
まず決めておきたいのが、災害発生時に従業員をどこで、どのように待機させるかというルールです。
例えば、
- 誰が施設の安全を確認するか
- 従業員をどこに集合させるか
- 誰が待機・避難を判断するか
- 備蓄品を誰が配布するか
- 情報をどのように社内共有するか
などを決めておきます。
災害が起きてから役割を決めようとしても、停電や通信障害、担当者不在などによって対応が難しくなる可能性があります。
あらかじめ担当者と行動フローを決め、事業所防災計画やBCP(事業継続計画)に反映しておくとよいでしょう。
② 従業員3日分の備蓄を準備する
従業員を会社に待機させるためには、水や食料などの備蓄が必要です。
国の帰宅困難者対策ガイドラインでは、3日分の備蓄量について次の目安が示されています。
| 備蓄品 | 1人あたりの3日分の目安 |
|---|---|
| 飲料水 | 9リットル |
| 主食 | 9食 |
| 毛布 | 1枚 |
| その他 | 必要量を算定 |
対象となるのは、正社員だけとは限りません。
契約社員、派遣社員、パート・アルバイトなども含め、災害発生時に実際に事業所で勤務している可能性がある人数を想定して準備することが重要です。
従業員数別の備蓄量の目安
| 従業員数 | 飲料水 | 主食 | 毛布 |
|---|---|---|---|
| 50人 | 450L | 450食 | 50枚 |
| 100人 | 900L | 900食 | 100枚 |
| 300人 | 2,700L | 2,700食 | 300枚 |
従業員数が多くなるほど、保管スペースや配布方法まで含めた設計が必要になります。
備蓄品を1か所にまとめるだけでなく、高層ビルなどではエレベーター停止も想定して、フロアごとに分散して保管する方法も検討しましょう。
来客や取引先の分も考えておく
災害は、従業員だけが会社にいる時間に起きるとは限りません。
来客や取引先、委託会社のスタッフなどが社内にいる可能性もあります。
国のガイドラインでは、外部の帰宅困難者への対応を考え、従業員分に加えて10%程度を余分に備蓄することも例として示されています。
来客が多い事業所や店舗、ショールームなどでは、特に余裕をもった備蓄を検討しましょう。
企業の防災備蓄については、こちらの記事でも詳しく解説しています。
企業の防災備蓄は何が必要?3日分の必要量・備蓄品リストを防災士が解説
③ 簡易トイレを準備する
水や食料と同じくらい重要なのが、災害時のトイレ対策です。
建物自体に大きな被害がなくても、断水や排水設備の破損によってトイレが使用できなくなる可能性があります。
特に多くの従業員が数日間オフィスに滞在する場合、トイレが使えない状況は衛生面だけでなく、従業員の身体的・心理的な負担にもつながります。
企業では、
- 簡易トイレ
- トイレットペーパー
- 大型ごみ袋
- ウェットティッシュ
- 消毒用品
- 生理用品
なども備えておきましょう。
従業員数だけでなく、想定する待機日数や使用回数を踏まえて必要数を計算することが重要です。
④ 安否確認手段を準備する
災害直後は、電話回線が混雑してつながりにくくなる可能性があります。
そのため、企業では電話だけに依存しない安否確認方法を準備しておくことが重要です。
例えば、
- 安否確認システム
- 社内チャット
- メール
- グループウェア
- 災害用伝言ダイヤル171
- web171
など、複数の連絡手段を想定しておきます。
また、従業員自身も家族と事前に「災害時にどう安否確認するか」を決めておくことが重要です。
家族の安全が確認できれば、「すぐ帰らなければ」という不安を軽減し、一斉帰宅の抑制にもつながります。
⑤ 安全に待機できるオフィス環境をつくる
水や食料を備蓄していても、オフィスそのものが危険な状態では施設内待機はできません。
平常時から、
- 書庫やキャビネットの転倒防止
- コピー機など大型機器の移動防止
- ガラスの飛散防止
- 避難経路の確保
- 消火器の配置確認
- 非常用照明や懐中電灯の準備
などを行っておきましょう。
地震発生後は建物の損傷や周辺火災などを確認し、施設内に待機できる状態なのかを判断します。
施設が安全でない場合は、従業員を無理に留めず、一時滞在施設など安全な場所への移動を検討します。
⑥ 帰宅開始のルールを決める
「電車が動き始めたから全員帰宅」という判断も注意が必要です。
運転再開直後の駅に多くの人が一斉に向かえば、再び大きな混雑が発生する可能性があります。
帰宅を開始するときは、
- 道路や歩道が安全か
- 周辺で火災が発生していないか
- 公共交通機関がどこまで復旧しているか
- 駅や道路が混雑していないか
- 帰宅経路上の支援施設が利用できるか
などを確認します。
安全に帰宅できる状況になった後も、全員を同時に帰すのではなく、時間や移動手段を分ける「分散帰宅」を基本に考えましょう。
帰宅順を事前に決めておく
実際の災害時に「誰から帰宅させるか」をその場で決めるのは簡単ではありません。
例えば、
- 自宅までの距離
- 公共交通機関の復旧状況
- 徒歩帰宅の可否
- 子どもの迎え
- 家族の介護
- 災害時の社内業務
などを考慮したルールをあらかじめ検討しておくと、災害時の混乱を抑えやすくなります。
⑦ 帰宅困難者対策の訓練を行う
マニュアルを作るだけでは、災害時に実際に行動できるとは限りません。
国のガイドラインでは、年1回以上の実動訓練や図上訓練などによって手順を確認し、改善することが示されています。
訓練では、
- 安否確認システムが実際に使えるか
- 備蓄品を取り出せるか
- 誰が備蓄品を配布するか
- 施設の安全確認ができるか
- 情報を従業員へ共有できるか
- 責任者不在でも対応できるか
などを確認しましょう。
実際に訓練すると、マニュアルだけでは気づかなかった問題が見つかることがあります。
帰宅困難者対策はBCPに組み込む
帰宅困難者対策は、単なる「防災備蓄」の問題ではありません。
多くの従業員が会社に残ることで、
- 食料や水の配布
- トイレ管理
- 電源確保
- 情報収集
- 安否確認
- 宿泊スペースの確保
- 災害対応業務
など、さまざまな対応が必要になります。
そのため、
- 一斉帰宅抑制
- 施設内待機
- 災害時の優先業務
- 分散帰宅
- 通勤自粛
- テレワーク
などをBCP(事業継続計画)の中に位置づけておくことが重要です。
東京都では帰宅困難者対策が条例で定められている
東京都では「東京都帰宅困難者対策条例」が施行されており、事業者に対して帰宅困難者対策への取組が求められています。
東京都の事業者では、
- 従業員の一斉帰宅の抑制
- 従業員の施設内待機
- 3日分の飲料水・食料などの備蓄
- 安否確認手段の確保
- 帰宅困難者対策に関する計画づくり
などが重要な対策となります。
東京都では、従業員の施設内待機や3日分の水・食料などの備蓄について、事業者の努力義務として位置づけられています。
東京都以外の企業も、自治体によって独自の条例やガイドライン、支援制度が設けられている場合があるため、事業所所在地の自治体情報を確認しておきましょう。
企業の帰宅困難者対策チェックリスト
- □ 災害時に従業員をすぐ帰宅させないルールがある
- □ 施設内待機の場所を決めている
- □ 従業員3日分の水を備蓄している
- □ 従業員3日分の食料を備蓄している
- □ 簡易トイレを準備している
- □ 毛布・保温用品を準備している
- □ 非常用照明や電源を準備している
- □ 安否確認手段を複数用意している
- □ 来客者への対応を決めている
- □ 帰宅開始の判断基準を決めている
- □ 分散帰宅のルールを決めている
- □ BCPや防災マニュアルに反映している
- □ 定期的に訓練を実施している
チェックが付かない項目があれば、そこから優先的に対策を進めていきましょう。
まずは「人数×3日分」の備蓄から確認する
帰宅困難者対策というと、BCPや災害対応マニュアルなど大掛かりな準備をイメージするかもしれません。
しかし、最初からすべてを完璧に整える必要はありません。
まずは、
「災害時に会社に何人いる可能性があるか」
を確認し、その人数が3日間安全に待機するために必要な備蓄量を計算するところから始めると進めやすくなります。
そのうえで安否確認、施設内待機ルール、帰宅ルール、訓練などへ対策を広げていきましょう。
まとめ|帰宅させないための準備を平時から
大規模災害時の帰宅困難者対策で重要なのは、災害が起きてから「帰宅できるか」を考えるのではなく、帰宅できないことを前提に準備しておくことです。
企業では、
- 施設内待機のルールを決める
- 3日分の備蓄を準備する
- 簡易トイレを準備する
- 安否確認手段を確保する
- 安全な待機場所を確保する
- 分散帰宅のルールを決める
- 定期的に訓練する
といった対策を平時から進めておくことが重要です。
まずは現在の従業員数と備蓄量を確認し、「3日間会社に滞在できる状態になっているか」をチェックしてみましょう。
Bousailyでは、企業・施設・団体などの防災備蓄や、防災用品の選定についてご相談いただけます。
「何を備えればいいか分からない」「必要な数量を整理したい」「備蓄品をまとめて検討したい」といった段階からでもお気軽にご相談ください。
法人向け防災について相談する